5.和解
電話からきっちり20分後、玄関の鍵がガチャリと開く音がした。右手で引いている
キャリーバッグがなければ、普段の仕事帰りと何ら変わらぬ様子で、悠一はリビングに現われた。
「恒、悪かったな、迷惑かけて。」
明るく振る舞う悠一に、
「おまえ、いい年していい加減にしろよ!オレに連絡ぐらい入れろ!」
渾身の力を込めた足蹴りが、悠一のお尻に1発入った。
「痛っ!」
「オレからの説教は後回しにして、空と海ちゃんとしっかり話をしろよ。」
と言うと、恒はソファの方へ行ってテレビをつけた。
残された3人。気まずい雰囲気の中、最初に口を開いたのは空だった。
「兄ちゃん、オレ、海が友達とライブに行くって話、前もって聞いてたのに、海に協力して兄ちゃんに隠してた。ごめんなさい。おじさんにも、いっぱいうそついた。海は友達の家で勉強してるとか、海はいい子だとか。それと、兄ちゃんがいない間、家のことをいろいろやってみたけど、兄ちゃんいつもすごく大変なんだって少しだけど分かった気がする。これからはもっと手伝うようにする。・・・いつもありがとう。」
空は照れくさそうに、それでもしっかりと言葉で気持ちを伝えた。
「空、この間はおやじの相手をしてくれて、ありがとな。おやじ、すごく喜んでたぞ。」
「空な、悠一がいない間、食事の用意をしたり、誰かさんのお世話をしたり、本当によく頑張ってたぞ。」
恒がしっかりとフォローしてくれた。
「そうか、いろいろと悪かったな。」
悠一は空の頭をクシャクシャとなでた。
そのまま空を抱きかかえるようにしてイスに座り、クルッと体をひっくり返して、ひざの上に寝かせた。
「海のこと黙っていた分と、うそついた分のおしおきな。」
短パンとパンツを素早く下ろしてお尻を出した。
「するのかよ。」
ボソッとつぶやいた空に、
「ああ、もちろん。」
と言うと、パン、パン、パン、パン、パン・・・・・。10発叩いた。
いつもの痛いおしおきとはまるで別物の、気分がホッとするようなおしおきだった。
「人をかばうこともときには必要だろうが、でも本当にそいつのことを大切に思うのなら、言い方は悪いが、切り捨てる勇気も持たないと、悪いことを後押しすることになるからな。」
空が「うん。」とうなずくと、最後に少し強めに1発叩かれ、パンツと短パンを履かせてくれた。空を立たせると、もう一度頭をクシャクシャとなでつけて、
「空、サンキュ!」
と微笑んだ。
次に悠一は海の方を向き、
「話できるか?」
手招きして海を呼んだ。海はギュッと唇を噛みしめて、ゆっくりと悠一の方へ歩み寄った。目の前に立ち、一生懸命何かを言おうとして口を動かしたけれど、声にはならず、ポタポタと大粒の涙があふれ出した。
「海?」
「お兄ちゃん、ふぇ〜ん・・・もう海たち置いてどっか行かないで〜〜〜。海、お兄ちゃんいないの無理・・・絶対に嫌〜〜〜。」
悠一は手を広げて海を抱き寄せ、
「海、ごめんな。お兄ちゃん、ちょっとやり過ぎた。こんな赤ちゃん置いて、出てっちゃいけなかったよな。」
泣いている海の背中をさすりながら、「よしよし」となだめた。
しばらくの間、ひざの上に抱っこして、
「海は本当はいい子なのにな・・・。どうしていつもお兄ちゃんに怒られるようなことをしちゃうんだろうな?おバカさんなのかなぁ?それとも赤ちゃんだから分かんないのかなぁ?中学3年生の大きな赤ちゃんだもんな・・・。」
悠一は子守歌のように口ずさんだ。
海をひざから下ろして、足の間に立たせると、
「海、ライブは楽しかったのか?」
「えっ・・・。」
「いいぞ、本当のこと言ってみろ。」
「・・・うん。すごく楽しかった。」
「本当なら、お兄ちゃんに「行っておいで」って見送られて行きたかったよな?」
「・・・うん。」
「バレたらどうしようとか、早く帰らなきゃいけないとか、そういう気持ちだと心の底から楽しめないもんな。オレも頭ごなしにダメだって決めつけず、もう少し話し合うべきだったって後悔してる。自分の中の基準で中学生にはまだ早いと思い、おまえにそれを押しつけてしまったけれど、花憐ちゃんの家では許可したってことは、中学生でも大丈夫と判断する家庭もあるってことだもんな。
今度からはもっと話をして、お互いに納得のいく形で結論を出そう。オレはすぐにカーッとならないように心がけるし、海はふてくされたり、うそをついたりしないように気をつけような。そういうことでどうだ?」
「お兄ちゃんがいてくれれば、もうライブなんて行かなくていいし、二度と悪いことなんてしない。」
「おいおい、おまえそんなこと断言しちゃっていいのか?できもしない約束なんてするなよ。」
ハハハ・・・と大声で笑われた。
“やっぱりお兄ちゃん大好き!笑ってる顔を見ると、すごく安心する。”
そう思ったら、また涙が出てきた。
「ほら、泣くのはこれからだぞ。大好きなお兄ちゃんが、悪い子にたっぷりお尻ペンペンしてやるからな。」
「えっ・・・。」
そのまま海の体をひざの上に横たわせて、お尻を出すと、
「オレに何も言わずに、ライブに行った分な。」
空が受けた軽いおしおきとは違う、痛い痛いおしおきが始まった。1発1発に思いを込め、ゆっくりとしたペースで叩かれた。
バッチーン!バッチーン!バッチーン!・・・・・
10発叩くと、赤くなったお尻をなでながら海の顔をのぞき込み、
「それから・・・ママならよかったって言った分。」
今度は優しく10発ペンペンされて、
「はい、おしまい。」
パンツを上げて海をひざから下ろすと、
「オレ、ショックだったんだよな・・・。」
ポツリと言われ、
「ごめんね、お兄ちゃん。」
海は申し訳なさそうに、上目づかいで謝った。
「夏休み中に、みんなで長野に行くか。恒も一緒にな。」
突然悠一が提案すると、空と海は嬉しそうに「うん!」とうなずいた。
「えっ?オレも行っていいのか?」
恒は戸惑っていたが、
「ああ。運転交代で頼む。」
「何だ、そういうことか。」
その後4人は恒が持って来てくれたケーキを食べた。海はモンブラン、空はチョコレートケーキ、悠一はショートケーキ、恒は「いらない」と言ったが、
「お兄ちゃんが帰って来たお祝いだから。」
海に訳の分からないことを言われて、チーズケーキを食べた。
「あっ、そうだ。空、あの話、聞かせて。」
海は急に昼間の話を思い出して、空に言った。
「えっ?あの話って?」
「ほら、和貴おじさんから聞いたって。お兄ちゃんの話。」
「ああ、忘れてた。けど、ここじゃまずいだろ。」
「何だ、空?お兄ちゃんの話って?」
恒が聞いてきた。
「えー、うんん・・・。お兄ちゃんがおじさんに怒られた話。」
「空?何だよそれ?おまえ、おやじに何を吹き込まれた?」
「聞きたぁい!」
海が喜んで手を叩くと、恒も海のマネをして、
「聞きたぁい!」
と可愛らしく言ったので、空と海は大笑いした。
「またおやじ、余計なことを言いやがって。オレの弱点をこいつらに言いふらすな!」
1人悠一はしかめっ面をして、ブツブツと文句を言った。
「兄ちゃん、高1の夏休みに遅い反抗期でメチャクチャな生活を送っていて、おじさんがきつく叱ったら、夜家を飛び出して、それから3日も帰って来なかったって。行き先は1か所だけ、恒先生の家しかなかったから、おじさんはあえて探さなかったらしいけど、そろそろ迷惑だからって恒先生の親に連絡を取って。厳しかった恒先生のお父さんからも「親に心配かけるな」ってお説教されて、家に帰るとおじさんからも、
「おまえは高1にもなって、ケツむき出しにされて叩かれなきゃ良し悪しの判断もできないのか!」って、すごく怒られて100叩きされたって。」
「ハハハ。そんなこともあったな。オレも悠一が帰った後で、「おまえも友達だからって甘い顔するな!」って父親から怒鳴られたんだぞ。さすがに高校生でお尻は叩かれなかったけどな。」
悠一の顔を見て大爆笑している。
「悪かったな。どうせオレは高校生でも、お尻ペンペンされてましたよ。まったくおやじのヤツ、言わなくていいことを暴露しやがって。」
悠一は忘れ去りたい過去を掘りおこされて、ムッとしていた。
「昔からおまえ、家出癖あったもんな。今度同じようなことをしたら、おやじさんの代わりにオレがケツひっぱたくからな。覚悟しとけよ!」
少しも笑っていない真剣な顔で言われた。
「もうそろそろ、子供は寝る時間だぞ。」
恒に言われ、海はなかなか悠一のそばを離れようとしなかったが、
「海、兄ちゃんもうどこへも行かないから、安心して寝ろ。次、おまえらを置き去りにしたら、ここにいる怖ーい先生、まじでブチ切れそうだからな。」
恒の顔をチラッと見ると、やっぱり恒は笑っていなかった。
その後、大人2人は缶ビールで乾杯し、語り合った。
「空も海ちゃんも、いつでも不安な気持ちを抱えてるんだと思う。特に海ちゃんは甘えん坊で、悠一のこと大好きだからな。いつおまえがこの生活を打ち切って、2人を放り出すかって。」
「そうだよな。親でもないし兄妹でもないし、ただの親戚だもんな。あいつらを長野に連れて行って、母親の元へ置いてくれば、オレはもう何の関わりも責任もなくなるんだよな。」
「ああ。でも悠一はもはや、あの2人と離れて暮らすなんてできないだろ?今回1日家を空けただけで、自分の感情がよく分かったんじゃないのか?空も海ちゃんもおまえと同じ気持ちだろうし。」
「そうだよな。2年半も一緒に暮らしていると、もう2人がいない生活なんて考えられないんだよな。手がかかって、苦労することも多いし、ヒヤヒヤさせられたり、まじでムカつくこともしょっちゅうあるけど、でも、同じ屋根の下で暮らしている家族なんだよな。」
「まあ悠一が結婚したり、あの2人が家から巣立って行くまでは、今の状態が一番しっくりきてるんじゃないか。お互いにな。」
「あと何年一緒にいられるかは分からないけど、それまでは保護者代行として楽しませてもらうよ。恒にもこの大変さを共有してもらうけどな。たまには癒されることもあるだろうし。」
「そうなんだよな。あの2人が心も体も成長していく過程を見るのが楽しみで、まるで親になった気分だ。特に最近の空は、ずいぶん変わってきたしな。」
「オレも恒も、まだまだ結婚できそうにないな。」
「ハハハ。奥さんもらう前に、子供を授かったようなもんだからな。」
悠一は、看護師の坂本さんから教えてもらったツイキャスの話を思い出し、タブレットで検索してみると、何分か前にちょうど海が好きだという『Aくん』の枠が始まっていた。
悠一と恒は2本目の缶ビールをグイグイ飲みながら、その声に耳を傾けた。始めのうちは、音楽の話とか今日1日の活動報告などまじめな話をしていたのに、こともあろうか途中から『おっぱいのサイズの話』になってしまい、貧乳好きとか、揉むならデカイ方がいいとか、顔をうずめたいとか・・・どんどんと下ネタ方向に話は進み、2人とも酔っ払ってケラケラ笑って聴いていた。
「やっぱりこんな変態野郎のライブに、海は行かせられないぞ!」
悠一は急に怒り出すし、恒は恒で、
「こいつ超エロイ!面白い!」
と言って手を叩いて喜んでいるし。
いい感じにお酒が入った2人は、夜中だというのに大騒ぎだった。
ベッドの中でイヤホンをして、こっそりAくんの話を聞いていた海は、下で大人2人が同じ話を聞いて盛り上がってるとは知らずに、
“Aくん、今日もエッチだなぁ。”
恥ずかしくて顔を赤らめた。
『高校生になるまではキャスで我慢するから、毎日配信してね!』
とコメントを送った。
もう1人・・・こっそり話を聞いていた空は、いけないとは思いつつ、もちろん舞衣ちゃんのおっぱいを想像してモヤモヤした気持ちに包まれた。
おわり